ソーシャルワーカー事務所の長楽庵です

長楽庵(浅沼尚子・太郎)の事業所ブログです

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頼りになる人(破れた千円札の交換)

頼りになるのはどんな人

先日、千円札が財布のファスナーに挟まって破れました。

傷んだお札は銀行で交換してくれると聞いたので、いつか銀行に行こうと思っていました。

銀行でのこと

ある日、銀行の人に会う機会がありました。

その方はプロとして、色々とアドバイスをしてくれました。

ですが私は「早く話を終わらせてくれないかな。すぐに千円札を交換してくれた方が、いまの私には有難いのに」と思っていました。

生活の優先順位は私が決める

銀行の人の説明を聞きながらイライラしている自分は、次のような気持ちでした。

アドバイス自体は大切な内容なのに、自分のなかでは優先順位が低いものなのです。

だから後回しにして、やらなければと思うことを優先して生活しています。

誰もが大事と言うからといって、それを優先できる訳ではない。それでも大事だとは、私も分かっている。

そんなことを感じていたら、援助を拒否する人の気持ちを考えていました。

相手の立場で物事を考える

普段、援助者は「どうしてサービスの必要性が伝わらないのだろう」「こちらの話を聞いてもらうには、どうしたら良いのだろう」と頭を悩ませているでしょう。

援助者がどんなに説明しても、話を聞くこと自体を煙たがる人がいる。そういう人と生活者としての自分が重なりました。

話を聞いてくれない人が直面している問題と、援助者が考える必要という基準がズレているのでしょう。

「今その人が求めている」のは、社会資源の利用やアドバイスではなく、その人にとって大切なもののはずです。

「破れた千円札の交換」の方が日常生活の優先順位が高いのだとしたら、やはり援助者もそちらを大事に関わっていく方が良いと思いました。

援助者には、破れた千円札を気にするなんて「取るに足らない事柄」に見えるかもしれません。

もっと言えば、やるべき仕事だと思えないかもしれない。

でも、その人にとって頼りに出来るのは、その人の見方で考えてくれる人なのではないでしょうか。

言葉だけでなく、実際に相手の立場に立ってくれる援助者は、貴重な存在です。

ちなみに私の破れた千円札は、別の銀行で交換しました。件の銀行で、また大事な話を聞くのは、少々荷が重たかったからです。